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SMAP木村拓哉&中居正広が「光GENJI」に参加していた



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“美男子王国”ジャニーズ事務所による快進撃の始まりは、田原俊彦、野村義男、近藤真彦による「たのきんトリオ」だ。

その流れを継承した光GENJIは、ジャニーズ史上最大のヒットメーカーといわれた。

1987年にデビューするや、その後3年間にわたって、CDシングルランキングでトップを独走。

90年以降は、人気に陰りが見えたといわれたが、それでも1位、2位を獲得し続けた。

光GENJIは、内海光司、大沢樹生という年長組の「光」と、諸星和己、佐藤寛之、山本淳一、赤坂晃、佐藤敦啓(現在は佐藤アツヒロに改名)からなる弟組の「GENJI」が合体し、そのわずか3カ月後に歌手デビューしている。

当時、赤坂と敦啓は中学3年生だったため、労働基準法により20時以降のテレビ番組には出られなかった。

そんな光GENJIのピンチを救っていたのは、すでにSMAPとして活動していた木村拓哉と中居正広だった。

義務教育を終え、高校1年生になっていた二人は、88年6月21日にリリースされた光GENJIの4枚目のシングル『Diamondハリケーン』の初披露時、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に、赤坂と敦啓の代わりに出演している。

しかも、ちゃんと「SMAPの木村拓哉くん、中居正広くんです」と紹介されていた。

衣装は短くカットしたデニムの短パンのみ。

二人ともまだきゃしゃな体格ながら、先輩たちについていこうと、懸命に歌と踊りを披露していたのが初々しかった。

ちなみに中居と敦啓は、地元が一緒。ジャニーズ入所後は、二人で電車に乗ってレッスン場に通っていたそうだ。

人気絶頂だった頃の光GENJIについて、中居はよく「勝てない」と語る。

確かにその当時の彼らの人気は社会現象となり、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

しかし、デビュー後25年たっても第一線で活躍し続け、老若男女から支持されているSMAPの人気も相当なものだ。

そのグループも、もう間もなく解散とは寂しい限りである。



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